グローバルヒストリーのなかの近代歴史学

平成26-28年度立教大学学術推進特別重点資金(立教SFR共同プロジェクト研究)

近代日本の偽史言説レジュメ(第3部)

第3部:海外偽史との接触

 

庄子大介

「失われた大陸」言説の系譜

――日本にとってのアトランティスムー大陸――

 本報告テーマは、「太古の文明が栄えた陸地が、大災害で海に没した」という西洋由来の「偽史」の、日本的受容である。こうした陸地のイメージは、古代の哲学者プラトンが思想表現のため創作した、大西洋の「アトランティス」に遡る。それは近代西洋において、文明誕生の地とも見なされるようになり、日本では哲学研究者の木村鷹太郎による解釈を経て、「竹内文書」などの偽史に影響を与えた。一方、環太平洋の諸文明の由来と想定されたのが、太平洋版アトランティスというべき「ムー大陸」である。近代の作家らが生み出した架空の存在だが、日本においては南進論と絡まりつつ受容され、自国を「広範な影響を及ぼしたムー文明の末裔」と見なし、対外進出を正当な復権のごとく論じる者もいた。これらの偽史はもちろん批判にさらされてきたが、今でもロマンあふれる歴史として受けとめられたり、ポップカルチャーに取り入れられたりと、日本社会に浸透し続けている。こうした現状も視野に入れ、「失われた大陸」言説の系譜をたどっていきたい。

 

津城寛文

日猶同祖論

――旧約預言から『ダ・ヴィンチ・コード』まで――

 日本、ユダヤの二語を入力してネット検索すると、最初の10くらいは日猶同祖論に関するサイトが出る。現代の話ではなく、1000年以上前の話に大衆の関心が集まっているのは、説明を要する事態である。日本民族・文化の起源・系統は、正統史学や人類学も共有する関心事であるが、そこでも、遠く中東やヨーロッパから、細々ながら人間の流入があったことは否定しきれない。その細い流れの1つを、日本古代史の主流に位置付けるのが日猶同祖論であり、こうした異説の種本を書いたのは、明治初期に来日したスコットランド商人であった。そのサブテキストは旧約の「失われた十部族」預言であり、当時の観察と絡めて、日本人の一部は失われた十部属の末裔だと主張された。他方、最近の話題作『ダ・ヴィンチ・コード』のサブテキストは、いわば「失われなかった二部族」説であり、「失われた十部族」預言と割符の関係にある。このように、日猶同祖論は日本産ではなく、キリスト教世界発の異説と捉えると、別の相貌が浮き彫りになってくる。

  

高尾千津子

ユダヤ陰謀説

――日本における「シオン議定書」の伝播と受容――

 20世紀初頭にロシア帝国でねつ造された偽書『シオン長老の議定書』(以下「議定書」)が、ロシア革命後いわゆる「ユダヤ陰謀」説の「根拠」として世界中に伝播してからおよそ100年が経過した。戦間期の政治、経済的な危機と混乱のなかで、「議定書」は各国でさまざまな「解釈」を生み出していった。日本における「議定書」の起源は、シベリア出兵時に反革命・白衛派を支持する日本軍の通訳によりウラジオストクで翻訳されたのが始まりであるが、早くも1921年には日本の言論界でその真偽が問題にされている。西洋ではユダヤ陰謀論そのものは古くから存在していたが、欧米諸国とは異なり、ユダヤ人社会が存在しない日本でなぜユダヤ陰謀説や「議定書」が広まり、受容されていったのだろうか。報告ではシベリア出兵時における日本への「議定書」の伝播と受容を中心に、戦前日本における「ユダヤ人」をめぐる言説について考えてみたい。

  

アトランティス・ミステリー (PHP新書)

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“霊”の探究―近代スピリチュアリズムと宗教学

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“公共宗教”の光と影

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ソ連農業集団化の原点―ソヴィエト体制とアメリカユダヤ人

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ロシアとユダヤ人―苦悩の歴史と現在 (ユーラシアブックレット)

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